| ●第2回NZイーハトーブトライアルの報告 第2回「NZイーハトーブアドベンチャートライアル」は2月19、20日の二日間にわたりネルソン市郊外の88バレーにて開催。現地の気温は25度前後で、長い間雨が降っていないため空気は乾燥しきって草は枯れ草色、地面も崩れやすい状態となっていました。 今回の参加者は昨年より10名多い40名でしたが、NZの人口は日本の30分の1の400万人なので、日本の人口比で換算すると1200名の大規模イベントですね(笑) |
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| 2011NZIAT http://www.flickr.com/photos/nonstopadventurenz/5528940752/in/set-72157626146019813/lightbox/ 2010NZIAT http://www.flickr.com/photos/nonstopadventurenz/5525891130/in/set-72157626262884512/ |
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| さて、今回の参加ライダーがNZのバイク雑誌向けに書いてくれた原稿があまりに素晴しいので、許可を得て翻訳・転載します。 以下、Allan Boot氏のほぼ本文のまま。(一部省略あり) |
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| 「バケットリスト」(=死ぬまでにやりたいことリスト) | |||
| みんなも知ってるジャック・ニコルソンとモーガン・フリーマンの映画、「バケットリスト」(邦題「最高の人生の見つけ方」)が思い起こさせてくれたように、死ぬまでにやりたいことのほとんどは時間切れでできないままになる。 そして私はネルソンをベースとするノンストップトライアルアカデミーが2月に「2011NZイーハトーブアドベンチャートライアル」を開催することを知った。ちょうどその2週間前、私のバケットリストに「もういちどトライアルに出場すること」と書いてあるのを読み直していたばかりだったから、「信念はすぐ実践せよ」だと思った。さて、このトライアルイベントを、なぜ私のバケットリストに加えたのか…? 私が15才から25才ぐらいの青春時代に、トライアルにはかなりのめりこんだ。でも青春はあっという間に通り過ぎてしまい、53才の今もバイクライディングの傷跡として体内にビスとプレート、それにヒップに代替皮膚が残っている。 それでもバイク人生は続いていて、この5、6年の間はCRF250Xで主にトレイルライディングを楽しんでいた。が、そのバイクが昨年盗まれてしまった。 「さて、次は何をすべきか?」と自分に問いかけたが、家族や友人は「車椅子」だと言う。 でも私はまだ自分が錆びてしまうのはいやだったし、どうしてもバイクに乗りたいと血が騒ぐのだった。 トライアルは怪我の可能性が少ないし、ゴルフと同じように他のライダーやコースに対してよりも、「やれるぞ」「いや、無理だ」という自分の心の声と戦うのだ。 私はノンストップの「NZイーハトーブトライアル」サイトを次々と見た。「詳しくはお電話を」とサイドバーにあるのを見て、そこに電話すると何かすごくいいことが起こりそうな気がした。それから2週間のうちにはバイクのレンタル、宿泊、飛行機のチケットなどすべてが整った。でもレンタルバイクは少数なのでもっと早めに予約したほうがいい。 土曜日の早朝、トライアル伝道師、ニックが空港に迎えに来てくれ、そのまま車で25分ほど走って会場となる素晴しい牧場に着いた。うわっ、うわっ、うわっ、奥に進むにつれ、小川や土手や丘や丸太など、いくらでも良いセクションになりそうな場所が現れる。クラッシュしそうな場所もいっぱい… 「これがあなたの乗るバイクです」とスコルパ125を紹介されたが、大きいバイクだったので少し緊張した。フロントのプレートには「ピーター・オリバー、エキスパート」と書いてあり、ニックが「躊躇しないで回転を上げてね」と、このバイクでどれほどのことができるかを熱心に語ってくれた。私はニックのようには乗れないが、乗ってすぐ嬉しい驚き。「なんて扱いやすいんだ!」あのTLR250に乗っていた16年前からトライアル車がここまで進化していたとは! バイクではなく、体がいたるところで錆び付いていた。10分ぐらいたってささやかながらコントロールできるようになるまでは、ターンも登りもとても難しく思えた。 さいわい土曜日は気楽な肩慣らしといった感じのイベントだった。 午前中は10セクションあるループを2ループ走った。 午後は希望者にスクール、他のグループはミック・アンドリュースとトレイルツアーだ。 もちろん、私はスクールを受けた。 飛んだりはねたり出来ない私にはノーストップルールで乗ることを前提にセクションが作られていることが嬉しかった。1〜4点までの足つきのほかは、停止や転倒が5点という新しい採点法はとても簡単だ。 どのクラスに参加すればいいのかよくわからなかったので、とりあえず緑(一番やさしいソーシャル)のセクションを二つばかり走ったら、ちょっと易しすぎたので青(上から3番目のクラブマン)にしてみた。まだそのうえに、黄色(インターミディエイト)と赤(エキスパート)があるんだけどね。 やっているうちにいきなり調子が良くなって、昔のテクも思い出し、完全に挑戦モードに入った。いくつか黄色のラインもやってみたけど、それが今の自分の限界だということもわかった。 この2週間、YOUTUBEで見続けたトライアルレッスンのイメージどおりに、昔の記憶を呼び覚まして筋肉が動いてくれるように祈りながら乗った。かっこ良くはなかったかもしれないけど、いくつかクリーンすることも出来た。一日楽しく乗って、終わってみたら2位になっていて驚いた。 午後のスクールは素晴らしかった。オリバーファミリーの父子、スティーブンとニック、ピーター、それにアンディが、バイクでそんなすごいことができるのかと我々を感嘆させてくれた。それもトライアルバイクでだけでなく、CRF230でそこまでやるかという技も見せてくれた。 この人たちと一日いっしょにいたら、オフロードライダーならきっとだれでも何かを発見し、技も磨けるなど、得るものがあるだろう。エンデューロに応用できるテクが欲しいライダーにも同じことが言える。 その夜、クラブハウスのディナータイムではいろんなことがわかって面白かった。ドイツからバックパックで来たポム、英国から新婚旅行で来ていた夫婦とか、結局のところ偉大なライダーでもあった日本の「出光イーハトーブトライアル」創始者、ヤスオ・マンザワもいた。そして英国からやってきたトライアル界の伝説、ミック・アンドリュースもそこにいた。ミックを初めて見たのは我々がTL125に乗り、ブルタコが全盛だった頃、ヤマハTY250が発表されたときだった。 オッサのミック・アンドリュースレプリカを覚えてる? この偉大な男は67才になった今もまだ偉大なライダーである! 2日目、日曜日はNZイーハトーブトライアルの本番だ。 息をのむほど美しい景色の中を素晴らしいコースが、それぞれ一周2時間ほどの大きなふたつのループになっていて、全部で40セクションほどあるが、駐車場付近の6セクションをのぞき、すべてのセクションは一回だけしか走る機会がない。 この日、私は青ラインを選んだが、最高に楽しかった。3、4人のグループで走ったが、私はセクションのマークを見落として5点を取ってしまい、この日のリザルトが台無しになった。(8点で4位)優勝者はモンテサ・コタ4RTに乗ったヤスオで、0点だった。 小さなスコルパは素晴らしく、どんなところでも登れた。でもシートがなく、5時間も立ちっぱなしで乗ったので、月曜には両足が悲鳴を上げた。 私が心から感銘したのは、本物の友情、笑顔、真剣にライディングし、ベストラインを教え合うことだった。それにセクション設定はどれも申し分のないものだった。 関係者の間から不満の声はまったくなかったし、もしあったとすれば、ミスやクラッシュなど、自分の失敗がいまいましく思えたときぐらいだろう。 トライアルは、セクション設定が適切であれば楽しさにあふれている。自分に合ったグレードならリラックスして乗れるし、スコアもそれなりになる。自分より高いグレードのラインを走ってみてもいいとされたのは、自分とのレベル差を知る上で大いに参考になった。いうなれば、ゴルフでもう一球打ってみるようなものだ。 クラシックバイクのライダーも大勢いて、中にはモダンバイクに乗る人たちがあっけにとられるほど古いバイクをうまく乗るライダーもいた。また、エキスパートクラスで乗っていた女性ライダー、ステフィ・ダウンズは驚くほど上手で、私なんか比べ物にもならない。 オリバーファミリーは総出で働いていた。スティーブンのママ、ダディ、弟、そしてもちろん妻のデボラ、達人で遊び心あふれる3人の息子たち…とくにピーターは喜劇役者! お願いだから、君もリストに「もう一度トライアルに参加する」と付け加え、ノンストップトライアルセンターのスティーブンに連絡してくれないか。 やってみて後悔することは絶対にないから、手遅れになる前にやって。 来年はほぼ確実に改造トレイルバイククラスも加わるから。 人生は、さまざまな体験を詰め込むには短い。 私のバケットリストにはこう付け加えたところだ。 「もう一度NZイーハトーブトライアルに参加」 2012年に、またあそこで会えるかもしれないね。 (Allan Boot) |
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